アメリカに来た理由。夢中になれるものがいつも目の前にあればいい

理系アメリカ大学院留学6学期目(2009年春)

6学期目に履修した科目は以下の2科目。(成績表はこちら

  • ME 280B: Finite Element Methods in Non-linear Continua
  • ME 290R: General Purpose Computation (CAD/CAM/CAE) on the GPU

この前の夏休みから初めた企業のプロジェクトは、先学期のCS270のプロジェクトとしてまとめて、とりあえずいけそうな感があったので、実際に実装を始めて論文も書き始めました。

研究は実装よりも先に論文を書いてしまった方がいいという記事を書きましたが、これはこの時からの実感で、論文の下書きを書いた際には実際にプログラムやモノはつくっておらず、あとから実装を行いました。

この学期はまた研究が忙しくなって授業がおろそかになってしまいました。

2つのコースだけでも、それをこなしながら研究も同時にするのは自分には難しかったです。

他の学生はうまくやっているように見えたので、自分はおそらく能力不足だったのでしょう。

高校で落ちこぼれても大丈夫で書いたように、自分はそんなにできる方ではないというのは高校生の時点で自覚していたので、まあこんなもんだろうと思っていました。

 

履修科目と感想

ME280B: Finite Element Methods in Non-linear Continua

成績はA-。

有限要素法(FEM)の理論を非線形の問題に拡張する。

先学期に履修した有限要素法の授業と異なり、理論主体で、あまり実装については教えてもらえなかったので難しかったです。

毎週のようにオフィスアワーに行って質問していましたが、他の学生もたくさんいたのでみんなも難しいと思っていたかもしれません。

授業内容は面白かったので、学期が終わった後に自分でもう一回勉強しました。

 

ME 290R: General Purpose Computation (CAD/CAM/CAE) on the GPU

成績はB+。

自分の先生が教えていた授業なのもあり、授業の大部分は既に知っている内容だったので手を抜いていました。

論文の締め切りと学期末が重なって、最終レポートをやる時間がなかったのでグダグダなものを提出して、あとでそれを咎められたのを覚えています。

時間がなければ締め切りを延長できるのだから、事前に相談しろと前にも言われたことを改めて言われました(燃え尽きた留学1学期目を参照)。

アメリカ大学院に来るような成績のいい人は、医学部に進学するような高校のときの同級生と一緒で、賢いというよりもむしろなんでも一生懸命こなす真面目な人という印象で、自分のようなモチベーションにムラがある人間は珍しい気がします。

子供のころからわりとこの点で怒られましたが、それでもとりあえずここまで生き残ってきたのでそれでいいだろうと最近よく考えます。

結局すごく好きなことが一つか二つあればそれで食べていけます

授業内容に話を戻すと、当時はまだGPGPUに個人的には疑いがありましたが、機械学習の台頭によりGPUの使用が当たり前になった現代では、GPGPUに賭けた先生の決定は正しかったので報われてよかったです。

 

人生を充実させるには常に新しいものに飛び込む方がいいみたいだ

大学院には5年半いたので、この学期が折り返し地点です。

実感としてはここまでの記憶の方が、その後の記憶よりもずっと長い感じがします。

新しいことをやる方が時間が過ぎるのが長く感じるのかもしれません。

この頃はすでに生活にも慣れていましたし、いつのまにか英語で困るという事もなくなっていたころだったと思います。

たぶん気持ち的にも落ち着いてきたのだと思いますが、2009年の春ごろからmixiに日記を書き始めていて、それを最近発掘したのでここにはっておきます。

11年前、27歳のときに書いたmixi日記の最初の記事。

2009年02月20日16:46

もう既に3年近くになってしまいました。

なんでアメリカに来たのって聞かれると、それなりに答えるわけだけど、いつもうまく答えられません。自分の中でも理由が明確じゃないから。

挙げようとすれば色々挙げられるんだけれど、どれもピンポイントではなくて。

簡単に一言で言おうとすれば、地方で生まれ育った人間が東京に行って見たいって思う気持ちと一緒なんじゃないかなと思う。自分は東京生まれ東京育ちだからわからないけれど、おととし東京に帰ったときに、ふと上京するってこういう感じなのかなって思った。

自分の場合はふるさと(東京)に別段不満があるわけでもなかったけれど(あったかもしれないけど忘れたw)、アメリカに行けば何かがあるかもしれないって感じで。

学部卒業間近の頃、Alex 1がフランスに行く方向で手引きをしてくれていたけれど、あの時あんまり乗り気じゃなかったのは(当時英語がさっぱりわからなかったってのもあるけど)、単に日本以外の国に行ってみたいってよりは、アメリカに行きたかったからだと思う。彼はアメリカの大学院に行くのはレベルが高くないからよくない、ヨーロッパがいいと行ってたけど(本当かどうかは知らないよw単に彼がそう言ってただけだから (>▽<;;)、自分の場合研究者になりたいとは思わなかったし(才能もないし)、単に日本を出るきっかけとして、研究が使えたらいいなくらいに思ってた。長谷川滋利がメジャーで投げたかったからというよりも、アメリカに行くきっかけとしてメジャーリーグに移籍したってのは面白い話だけれど、自分の場合もそんな感じだと思う。何かのプロフェッショナルになならなければならないとは思っていたけれど、実際になりたいって気はたぶんあまり強くないのではないかと最近気付く。

これからもつらつらと書いていこうと思うけれど、あいまいなまま書いてくから文章と文章の間に矛盾が出てくると思うけど、それこそ明確にすべきところだと思うから、そういうのが書くことを通じて浮き彫りになってくればいいなと思います。とりあえず素直な気持ちで書いていきます。

ゴールはいろいろ書きながら、中長期的な目標を設定することです。

これを読んで、当時から自分にはあまりこだわりがないのがわかりました。

今も変わらないし、何が正解かわからないままです。

それでも、夢中になれるものがいつも目の前にあれば最高ですね。

アメリカ在住は3年どころか10年を超えてしまいました。

Notes:

  1. SFC在学中に研究室にいた博士課程の留学生

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プロフィール

yu. (Ph.D. UC Berkeley)   

慶応大学環境情報学部を首席で卒業。日本のベンチャー企業で働いたのち、アメリカにわたり、カリフォルニア大学バークレー校にて博士号を取得。専攻は機械工学、副専攻はコンピュータサイエンス。卒業後はシリコンバレーの大企業やスタートアップでプログラマとして働いていました。現在はフリーランス。毎日好きなものを作って暮らしてます。

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