Ph.Dとは新しい分野をゼロから最先端まで自習できる能力

2月 4, 2020

理系アメリカ大学院留学7学期目(2009年秋)

7学期目に履修した科目は以下の1科目のみ。(成績表はこちら

  • E 290C: Sustainable manufacturing

Qualifying Examをこの学期の最後に受けることに決めていたので、その準備を見越して一科目だけしか履修しませんでした。

卒業までに12の授業を履修しなければならず、たいていの学生は2年間、遅い学生でもQualifying Examまでには終えているのに対し、自分は3年目の後半のこの時点でも8科目しか履修していませんでした。

振り返ればのんびりしていましたが、これでも精いっぱいだった気がします。

これまでは書いていませんでしたが、実はここまでの3年間、卒業に必要な大学院の授業に加えて、流体力学や熱力学、熱伝導やメカトロニクスの設計など卒業に必要のない学部生向けの授業も聴講していました。

学部は情報系で、せっかく大学院からは機械工学に変更したので、大学は定額使い放題システムだから、『もったいない精神』を発揮してできるだけ知識をもらっておこうと考えたからです。

しかし振り返ると、必ずしも必要のないことは『必要なことを終わらせてから』やればよかったわけで、聴講していた時間はもったいなかったかもしれないと思いました。

興味本位の聴講はQualifying Examを終えてからのほうが時間の使い方として賢かった気がします。(アメリカ理系大学院在学中の反省点

Qualifying Examへの準備をきっかけによく論文を読むようになりました。

授業という観点だけから考えると、大体このころには難しそうなことでも時間を使ってがんばればなんとかなると思えてきました。

それで満足するならば修士号だけで卒業でOKだと思うので、その上のPh.Dとは何なのかということを考えると、過去研究の調査がうまいかどうかだという気がしてます。

つまりどんな新しい分野でも、独力で最先端まで自習できるかどうかがPh.Dの一つの目安かと考えています。

大学の先生は授業をしてお給料をもらっているわけですが、彼(女)らが教えている授業内容は必ずしも彼(女)らの専門と重なっているわけではありません

つまり大学の先生たちは、学生に教えるために自分でゼロから新しい分野の勉強ができる人たちなわけです。

自分の指導教官も、博士論文やこのQualifying Examでもお世話になったJonathan ShewchukもComputational GeometryからMachine Learningに知らない間に分野を変えていたように、研究分野自体を10年くらいで大きく変えるのも珍しくありません

前までロボティクスをやっていた人が、あるときからはデータベースの研究をやっているなんてこともありました。

 

履修科目と感想

E290C: Sustainable manufacturing

成績はB+。

日本でも最近はSustainable Development Goals (SDGs)(持続可能な開発目標)という言葉を聞くようになりました。

2006年に施行されたEUのRoHSのように、鉛など以前は色々な用途に用いられた材料が法律によりつかえなくなったり、二酸化炭素などの温室効果ガスの抑制が求められる中で、伝統的な工業において従来の加工方法や材料を見直す必要があります。

MBAの学生とのジョイントプログラムなのもあり、数学や力学が出てくるような話ではなく、どちらかというとメインはビジネスの話だったと思います。

正直ほとんど興味がなかったですが、Qualifying Examでメインの審査をしてくれる先生がこの授業を教えていたので仕方なく取りました。

プロジェクトのソフトウェアは全部自分が書いたのですが、何もしなかった人が最後はあたかも自分がやったかのようにプレゼンをしていたので、要領のいい人はいるものだと思いました。

就職してからも、そういう人には時々出会いましたが、彼らは一時的には得したかもしれませんが、自分は二度と一緒に仕事をしたくないので、その生き方がいいかどうかはわかりません。

逆に自分の知らない間にその内容を論文にしてくれた素敵な人もいるので、世の中本当にいろんな人がいるものだと思います。

 

10年前から日本社会が沈みつつある雰囲気は感じられたらしい

今回も当時のmixi日記をはっておきます。

なんか偉そうな書き方していてすみません。昔のことなので。。

今と状況と当時の状況があまり変わっていない感じなので、自分が成長していないか、世の中というのはそれほど急激には変わらないのか。

それとも2009年の日本はそんなに悪くなかったのか。

当時の記憶がないので、いまいちつかみきれないので結論はないです。

 

時代に翻弄されてきました
2009年12月21日12:50

情報社会の到来やら国境が取り払われた社会だとか、そういうファンシーな言葉が日本の一般世間を賑わすようになったのっていつ頃からだろうね?

自分が小学生だった頃には聞いたことがないけれど、大学に入る前にはそんな感じだった気がするから、90年代後半くらいかな?

少なくともこれらの言葉が日常に使われるようになって10年はたつと思うけれど、自分はそれの意味するところが具体的にどんなものなのかいまさらようやくわかってきたよ。

だって自分自身の現状がまさしく、それらによってもたらされた結果だから。

たとえば10年時代が違ったら外国に来るなんて考えもしなかっただろうし、社会に適応できない自分を封じ込めながら毎日すごしていたかもしれない。

幼稚園に入る以前から世の中にフィットしていないのはよくよく感じていました。

幼稚園や小学校の頃はよく先生にイジメられた。

大人の言うことは絶対だと思っていた子供時代だったから当時は気付かなかったけれど、今思うとあれはイジメだったんだなって思う。

こうすべきだと思われているやり方と異なったやり方で、結果を出すことを気に食わないと思う人は世間にたくさんいます。こちらは善意でそれをやっているのにも関わらず。

ホリエモンが潰されたのは自分がアメリカに来る直前だったけれど、ああいうことをしたら潰されるっていうのは、自分は小学校三年の時点でわかってたよ。

10年時代が違えば、外国に行くどころか、会社を辞めるなんて選択肢はなかったかもしれない。中小企業に行こうとする選択すらなかったかもしれない。

そういう選択が出来るのは手に入れかつ処理できる情報量が圧倒的に増えたから。

最近小室哲哉に夢中です。
懐メロ的に音楽ってよりも、むしろ彼のやってきたことに。

1994(nineteen ninety four)
これから描く世界まさしく VIRTUAL WORLD

君はいつからかこの未来の話を 信じることになるかな?
すべて身をまかせ ついて行こうよ輝く奇跡が WORLD GROOVE

http://www.youtube.com/watch?v=ziYNOkg7wcA

まさしく今世界VIRTUAL WORLD。
情報の表現にモノを介すという原始的な社会形態が終わろうとしているね。

virtual:
being such in power, force, or effect, though not actually or expressly such

“virtual”に”仮想”という日本語を対応づけてしまった人間の罪は大きいと思います。

“virtual”は”実質的に”存在しているという部分が重要なわけです。
つまり目に見えなくとも、『確かに存在している』というニュアンスがないとおかしい。

96年には小学校にパソコンを普及させるためにチャリティやっていました。
こういう男がいたんですよ。

小室哲哉がここまでコンピュータに対して熱心だったのは、彼自身がコンピュータによって自分の力が何倍も引き出されていることを認識していたからなんだと思う。

個人の力がコンピュータとインターネットによって飛躍的に伸びているのはすばらしいことだけれど、悲しいのはそれを前提として世界が既に動いているにもかかわらず、まったくそれに気付くことすらない人々が力を握っているという日本社会の現実です。

日本対世界を集団スポーツに例えると、戦略的に大敗確実のところをなんとか個人の戦術レベルで善戦に持ち込んでいるゲームのように見えます。でもさすがに戦略の優劣の差が出てきて、個人レベルじゃ持ちこたえられなくなってきている。

渡辺千賀が日本はもうダメだと書いたときに派手に反発されていたけれど、双方の気持ちがかみ合わないのは、渡辺千賀は戦略が悪いと指摘しているのに対し、反発している人は自分の戦術が否定されているのだと感じているからだと思う。

渡辺千賀は、日本がもうダメなのは日本人がだらしないからだとは言っていない。むしろ彼女も日本人は個人レベルではよくやっていると思っていると思うし、これを否定する人は世界のどこにもいないと自分は思います。

下手なやつは上手いやつがカバーしてこれまでやってきた。
だけどその上手いやつが消耗し始めて、カバーできる人間の数が減っている。

サラリーマン時代を思い出す。
矢面に立たされるのは構いませんが、せめて骨を拾いに来るそぶりくらい見せてください。

他人を守るのはすばらしいことだと思うし、まったく皮肉でもなんでもなく賞賛されるべきだと思うけれど、行為がいくら美しくても死んだら負けだと自分は考えます。

たとえどんな汚い言葉で罵られようとも。

幼少時代に負ったトラウマがうずきます。

今のままでは日本は100%沈みます。
経済的に沈むということは文化の衰退につながります。悲しいです。

でもどうしたらいいのか正直全然わかりません。

とりあえずみんなが勉強することぐらいしか思いつきません。
時間はかかるけれど、長期的にはそれしかない気がします。

学問のススメ。
福沢先生は今でも偉大。

 

すべて心を用い心配する仕事はむつかしくして、手足を用いる力役はやすし (福沢諭吉 (1872))
2009年12月28日23:02

不況だ失業だ格差などとと言われてるけれど、それは別に小泉のせいでも竹中のせいでも、派遣制度のせいでもなく、日本のケースで言えば、ここ10年くらいに韓国人や台湾人、そして中国人の生産性があがって、日本人がこれまでやっていた仕事があっちに流れて行ってるからにすぎない。そして世界全体で見れば、今のほうがフェアな社会が構築されているんだね。

同じ仕事をしても、日本という国境の内側に生まれた人と、中国の国境の内側に生まれた人(さらには城里人(都市戸籍)と郷下人(農村戸籍))で同じ仕事をして賃金が10倍以上違うというのが、本当はアンフェアなのです。生まれで区別されてるわけだから。

同僚の中国人、上海で働いていたときは月給10万円くらいだったのが、同じ会社のアメリカの本社で今は月給50万以上もらってる。学生のインターンとしてなのにも関わらず。

余談だけど、漢民族対少数民族(チベット、ウイグル等)みたいな構図が中国国外では作られてるような気がするけれど、中国人と話してると、この都市か田舎かの戸籍の差のほうがずっと越えがたいと思った。

中国全体の一人当たりGDPは小さいとはいえ、沿岸部では既に10000ドル越えで、一昔前の韓国、台湾くらいはあり、近いうちに日本と同等かそれ以上に行くでしょう。12億は豊かになれなくても、11億を使って1億は豊かな生活が出来る。人口1億を超えている国はヨーロッパにはない。そんなものが日本のすぐ側に現れる。これは本当に大きな変化です。

日本人は自分たちのことをまじめだと思ってるけど、彼らも十分に真面目なのです。

ちなみに韓国人も中国人も、自分たち東アジア人は一生懸命働くからって言うw
日本人も含めてそういう思い込みはどこから来るんだろうね?

単純労働に関して中国人には負けねえとか思ってて、仮にそれが事実だとしても、10倍の差がある賃金を肯定するほどには差がない。

勉強なんかしても仕方ねえとか小さい頃は先生にすら言われたけれども、一昔前と違って、これからはまじめに考えない人は豊かに暮らせなくなるし、なんだかんだ今のほうがいいんじゃないかなって思うけど。だって今までの社会は生まれでの差別を許容していたわけだから。

ただ一生懸命にやってれば報われるんだ、って教えられてきた20世紀生まれのオールドタイプの中で、いまの社会状況に対し考え方を切り替えられない人は、ある意味時代の犠牲者だと思う。どうにかして彼らを救わなければいけない。

真面目なことは立派なことだけど、世の中には既に十分な数の真面目なやつがいる。

これからどうやって生きていきましょう?

今から東京行きます。

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プロフィール

yu. (Ph.D. UC Berkeley)   

慶応大学環境情報学部を首席で卒業。日本のベンチャー企業で働いたのち、アメリカにわたり、カリフォルニア大学バークレー校にて博士号を取得。専攻は機械工学、副専攻はコンピュータサイエンス。卒業後はシリコンバレーの大企業やスタートアップでプログラマとして働く。2016年の時点で生涯暮らすのに十分な資産を得たため退職。毎日好きなものを作って暮らしてます。


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