社会の役に立とうとする必要はない

3月 30, 2018

お金をもらっているのならば誰かの役に立っている

自分に必要のないものをお金を払ってまで手に入れたいと思う人は少ないでしょう。

従って逆の立場になって考えれば、お金がもらえているならば誰かの役には立っています。(詐欺とか人を騙していなければ。)

学生の方などは、ぜひとも社会に貢献する仕事がしたいという考え方をすることがあるかもしれませんが、お金をもらえているのならば誰かの役に立っているのは間違いないので、余計なことを考える必要はないと私は思います。

もちろん、誰の目から見ても社会貢献と言ってもらえるような仕事をすることがあなたの人生のモチベーションになるのならばそれは構いません。

私が伝えたいのは、そのような考え方に縛られて仕事を選ぶ必要はないということです。

 

いろいろ考えてもどうせ社会の価値観は時代とともに大きく変わる

以前にも書きましたが、中高生 将来の夢、男子1位は「ITエンジニア・プログラマー」になったり、イノベーションと言われるものがハードウェアの進化よりも主にソフトウェアの進化から出てくるような社会が到来するとは、私が20歳だった15年前には想像できませんでした。

私の仕事がプログラマだというと、正直に言って昔はネガティブな印象を持たれることが多かったです。

特に私はコンピュータグラフィックス(CG)プログラマで、そのわかりやすい応用例はゲームや映画業界という娯楽産業にあるせいか、今風で言う『意識の高い学生』には社会に役に立たないことをやっていると言われることが少なからずありました。

ちなみにゲーム業界を社会の役に立たない業界だと考える人は日本だけでなくアメリカにもいるようで、アメリカの大学においてもCGを専門とする先生が同様の話をしていたのを覚えています。

しかし彼の言葉を借りて言えば、ゲーム業界の市場の大きさと、それが生み出す雇用によってお金を得ている人の数を考えると、そういう議論自体が不毛だと思います。

話を戻すと、そんな15年前にはネガティブな印象を持たれたプログラマという仕事が、2018年現在ではいつのまにか、ポジティブなものに変わっています。

つまり現代の価値観で物事を考えても、価値観というものは時間とともに容易に変化するものなので、そもそも考える必要がありません。

 

現代は極楽楽土

松下電気(現パナソニック)の創業者である松下幸之助の水道哲学というものがあります。

以下wikipediaから引用した1932年の松下幸之助の言葉です。

産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、乞食が公園の水道水を飲んでも誰にも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る。

現代では冷蔵庫や洗濯機のような生活必需品は、(必要なくなった後に売ることを考えれば)実質1万円で新品のものが手に入りますし、非常に質の良い中古のものをタダ同然で手に入れることもできます。

水道代は一人暮らしでも年間3-4万円はするので、85年ほど前に極楽楽土と呼んでいた世界を現代の日本人は生きているのです。

貧乏を克服するための物資はほぼ無尽蔵で、無代に等しい価格で提供されています。

もちろん現代の日本社会にも改善すべき部分はいくらでも探せますが、多くの人にとっては生命の危機を感じずに生きていける状態になっているのは間違いのない事実です。

先人たちの築いてくれたそんな極楽楽土にせっかく暮らしているのですから、他人の意見や細かいことを考えずに、貴重なあなたの時間は本当にあなたがやりたいことに注ぐべきです。

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