新井紀子教授はAIの専門家ではない 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

新井紀子教授のAIやコンピュータに関する知識は素人に毛が生えた程度

新井紀子教授の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』という本が大変売れているようです。

私も本を購入し精読させていただきました。

一言で感想を言うと、新井紀子教授のAI技術に関する知識はせいぜいAI関連ニュースに詳しい人レベルであり、そのベースであるコンピュータに関する知識もほぼ素人だということがわかりました。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で彼女が描く未来のビジョンに共感するかどうかは読者それぞれの自由ですが、彼女のことをAI技術に関する専門家だと勘違いしている方が多いのは問題があると私は考え、こちらの記事を書くことにしました。

『コンピュータはすべて数学で出来ている』という勘違い

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』からの引用です。

コンピュータはすべて数学でできています。AIは単なるソフトウェアですから、やはり数学だけで出来ています。数学さえ分かっていれば、AIに何ができるか、そして何ができないはずかは、実物を見なくてもある程度想像がつくのです。(中略)

論理、確率、統計。これが4000年以上の数学の歴史で発見された数学の言葉のすべてです。そして、それが、科学で使える言葉のすべてです。(中略)コンピューターが使えるのは、この3つの言葉だけです。

『コンピュータが使えるのは論理、確率、統計だけ』という主張は正しくありません。

私はエンジニアなので、口で言うだけではなく、誰にも客観的にわかる形で彼女の主張が間違っていることを示す一例を紹介します。

新井紀子教授がコンピュータに関する素人だということをエンジニアリング的に示す

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』には以下のようなエピソードが出てきます。

「平面上に四角形がある。各頂点からの距離の和が一番小さくなる点を求めよ」

実際に図を描いてみるとわかりますが、人間だったら、「答は、対角線の交点だな」となんとなくわかります。証明もそれほど難しくありません。(中略)

先ほどの四角形の問題をコンピューターに解かせてみようとしたところ、いつまでたっても応答がありません。知人にお願いしてスパコンを使ってみたのですが同じ結果です。そこで理論計算をしてみました。すると、宇宙が始まってから現在までよりも長い時間を要することがわかりました。

これは数学的にいうと、四角形の頂点のGeometric medianを求めるという問題です。

以下の図では、白い線で表した四角形のGeometric medianを赤い点で表しています。

左の図のようにすべての頂点の角度が180度より小さい場合は、黄色で示した対角線の交点がGeometric medianになります。

右の図のように角度が180度より大きい頂点がある時は、その頂点がGeometric medianになります。

新井紀子教授は、人間は簡単に四角形のGeometric medianを見つけることができるが、その点が対角線上にあることを知らないコンピュータは、スパコンを用いても現実的にそれを見つけることはできないと主張しています。

しかしこれは明らかに間違っています

以下に四角形のGeometric medianをリアルタイムで計算するプログラムを書いたので、ぜひあなたの目で確かめてください

四角形がどのような形になろうとも、Geometric medianを示す赤い点は、常に対角線上(もしくは角度が180度より大きい頂点がある場合はその頂点上)にあるはずです。

このプログラムはGeometric medianが対角線上に存在するということはもちろん知らずに、あなたのコンピュータやスマホ上でリアルタイムにそれを見つけだしています。(追記:誤解されている方が多いようですが、黄色で示した対角線はみなさん人間が結果を検証しやすいように表示しているだけです。)

誰でも確認ができるJavascriptのコードなので、プログラムに興味がありPCやMacから見ている方はこちらから実際のソースコードを確認してみてください。(スマホからアクセスしている方はこちら

人間と異なりコンピュータプログラムは嘘がつけません

wikipediaによると、『Geometric medianを数学的に表す公式が存在しない』ことはすでに証明されているようです。しかしそのような問題も、コンピュータを使うとこのようにスマホ上でも一瞬で解くことができます。

数学的に解けない問題でもコンピュータは解ける、つまり『コンピュータはすべて数学で出来ている』というのは間違っているということです。

ちなみに、このGeometric medianの例は、各頂点からの距離の和が最小になる点を探すのが目的ですが、『何かを最小化する点を探す』というのはコンピュータで最もよく扱われる処理の一つです。

それに気がつかず、数学的に無理ならばコンピュータでも無理だろうと単純に考えてしまった新井紀子教授は、人生で一度もコンピュータを使って問題を解決したことがないとしか思えません。

コンピュータのすごさはHeuristicにある

Heuristicとはものすごく雑に言ってしまえば『試行錯誤で解く』ということです。

コンピュータのすごいところは、数学的・論理的に解けない問題でも、その圧倒的な処理量を用いて試行錯誤で答えを探し出すことができることです。

上記で私が示したプログラムはHeuristicの一つである『遺伝的アルゴリズム』という手法を用いています。ダーウィンの自然選択説に着想を得た手法です。

遺伝的アルゴリズムは数学理論に基づいていませんし、論理でも確率でも統計でもありません

wikipediaの『遺伝的アルゴリズム(Genetic algorithm)』からの引用を訳します。(カッコ内はオリジナルの英文です。)

遺伝的アルゴリズムは簡単に実行できるが、その振る舞いを理解するのは難しい。特に遺伝的アルゴリズムが実用的な問題に対して使われたときに、なぜ多くの場合に高精度な答えを導き出すのかを理解するのは難しい。

(Genetic algorithms are simple to implement, but their behavior is difficult to understand. In particular it is difficult to understand why these algorithms frequently succeed at generating solutions of high fitness when applied to practical problems.)

例えば 5x + 3 = 9 という方程式が与えられた場合、中学校では以下のような手順でxの値を求めるように習うと思います。

5x + 3 = 9 ⇒ 5x = 6 ⇒ x = 1.2

これは数学的にとても論理的なアプローチです。

一方でHeuristicの一つである遺伝的アルゴリズムは、例えば以下のような手順で5x + 3 = 9を求めます。

まず第一世代として、100個のランダムな数を生成する。

  1. 100個の数それぞれをxに代入して、5x + 3を計算し、結果が9にもっとも近くなった10個の数を選び出し、次世代の数とする。(環境に適応能力のある個体が生き残る
  2. 選ばれた10個の数からは、45(=10*9/2)組の数のペアを考えることができますが、それぞれのペアの平均値を取り、次世代の数に追加する。(環境に適応能力のある個体同士が自分と似た特性を持つ子孫を作る
  3. さらに45個のランダムな数を次世代に追加する。(遺伝子の突然変異
  4. この時点で10+45+45=100個の値が次世代の値としてセットされている。
  5. 1から4を何世代も繰り返す。そのうちに、5x + 3 = 9の答えであるx = 1.2に近い数だけが生き残る。

人間がやったら日が暮れてしまうようなアプローチですが、コンピュータはこのような作業を一瞬でやりとげ、答えにたどり着きます。

天気予報や空気抵抗を考慮した新幹線の形状の設計など、現実の世界で私たちが解きたい方程式は、多くの場合数学の公式だけを用いて解くことはできません。

そこでコンピュータの助けを借りてHeuristicに問題を解くのです。

Heuristicは数学的とも論理的とも言えないアプローチですし、答えにたどり着くという保証もありません

でもなぜかうまくいくのです。

人間は四角形の頂点のGeometric medianが対角線上にあることを知っていますが、五角形や六角形や、100角形のGeometric medianがどこにあるかを知ることはできません。

しかし先ほど示した私が30分で書いた50行にも満たないプログラムは、1000角形のGeometric medianもHeuristicに一瞬で見つけてくれます。

人間から見たら賢くないアプローチでも、それを超高速でこなすことで、人間が数学を駆使しても辿り着くことのできない答えにたどりくことができるのがコンピュータの強みです。

こちらはリアルタイムに八角形のGeometric medianを見つけるプログラムです。

もはや人間にはこのプログラムが正しい答えを出力しているのかどうかすらわからないでしょう。

しかしコンピュータは淡々と答えを導き出しつづけるのです。


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プロフィール

yu. (Ph.D. UC Berkeley)   

慶応大学環境情報学部を首席で卒業。日本のベンチャー企業で働いたのち、アメリカにわたり、カリフォルニア大学バークレー校にて博士号を取得。専攻は機械工学、副専攻はコンピュータサイエンス。卒業後はシリコンバレーの大企業やスタートアップでプログラマとして働いていました。現在はフリーランス。毎日好きなものを作って暮らしてます。

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