オレゴン州ポートランドという人が素敵な街

アメリカではじめての引っ越し

前回からアメリカでのサラリーマンだったころを振り返っています。

最初のアメリカ生活は10年続きましたが、学生として最初の5年半を過ごしたBerkeleyと、就職して最初に住んだオレゴン州のポートランドは色々な面で大きく異なっていました。

同じアメリカ西海岸でも気候が大きく違う

実際に1000㎞くらい(東京と札幌くらい)離れているので、普通に考えれば違うのは当たり前かもしれません。 続きを読む

シリコンバレーの大企業はとてものんびりしている

アメリカサラリーマン生活1年目・2012年冬

留学は最悪のスタートを切ったという記事から、世の中の進化の速度に僕らの学習速度は追いつけないという記事まで、3週間にわたって大学院留学時代を振り返ってきました。

今回からはサラリーマン時代を振り返っていこうと思います。

アメリカでのサラリーマン経験は、通算で6年ほどになります。 続きを読む

生きているといいことがある

ありがたい感想をありがとうございます。

ブログを書いていていると、根拠のない勝手な思い込みで誹謗中傷されることも多く、心が傷つけられることが多くあります。

このブログを書くこと自体も、自分にメリットがあるわけではないのでやめようと思うことも何度もありました。

しかし役に立つと言っていただけたり、喜んでいただけたという声も聞くので、やっていてよかったと思いました。

独学と大学で勉強することのメリット・デメリット

勉強する対象が大学に行かなくてもできることだという仮定でお話しします。(例えば勉強したいことが物理や化学の実験のように、高価な装置を必要としていたら個人ではまず無理なので。)

独学の場合、もしやりたいことが明確であり、かつそれを勉強するためにどの方向に走っていけばいいということを既に知っている(もしくはそれを示してくれる人が身近にいる)ならば大学に行く必要はないと思います。

この場合はデメリットはありません。

メリットはお金がかからないことと、自分のやりたいことに集中できるため時間がかからないことです。

大学で勉強する場合はその逆です。

学校はたくさんの0を1にしてくれるところという記事で書いたように、大学を含め、一般に学校に行くメリットは自分の知らない世界を知るチャンスがあることです。

そして各分野の最先端にたどり着くための最短距離を教えてもらえることがメリットです。

もし勉強したい対象がとても明確であり、それ以外のことに目下のところまったく興味がないのならば、お金と時間を必要以上に失うのが大学に行くデメリットだと思います。

若いということは大きな特権なので周りの目を気にしなくていい

なぜ私に聞くのかわかりませんが、20代後半でモテるならば30代後半になっても変わらずそのままモテるのではないでしょうか?

そろそろ感じているかもしれませんが、20代後半になってくると同年代の女性が既婚者であることが増えてくると思うので、そういう意味では年下好きでもない限りモテても楽しい時期は30代前半くらいまでかもしれません。

今のうちにやりたいこと全部やっておくのがおすすめです。

若い時に挑戦しておけばよかったこと

アルバイトです。

ファミレスから始まって、コンビニや、住み込みで農業、家庭教師、試験監督、交通量調査、CADなどいろいろとやってみましたが、時給で選ぶのではなく面白さで選べばよかったと思っています。

家庭教師で時給2000円がもらえたりすると、学生にとっては大きな金額に感じますが、卒業すればいずれにしてもお金のために働くことになるので、大学生のころは時給を気にせず楽しい経験重視でアルバイトを選べばよかったなと思います。

若くないとやらせてもらえない仕事がたくさんあります。

例えば自分だったらプロ野球のボールボーイとかやってみたかったです。

世の中の進化の速度に僕らの学習速度は追いつけない

博士論文の提出

博士論文を書く作業というのが大学院博士課程の一番のハイライトのはずです。

『はずです』と書いたのは、自分の場合は就職が既に決まっていたのでとにかく終わらせたいという気持ちのほうが大きかったです。

他の学部や研究室は知りませんが、私のところはそれまでに書いた論文を並べて、イントロダクションとまとめを書くだけでよかったので、それ自体はそれほど重いものではありませんでした。

私の博士論文のメインパートは3章からなっていて、そのうちの1章目は3学期目に書いてリジェクトされた論文の全面書き直し(これは最終的に2014年に発表された)、2章目は3年目に始めてアクセプトされた論文を、最後の3章目が2章目の発展形(まだ単著としては発表されていない)です。

博士論文は就職が決まった2011年の3月から精力的に書き始めて、提出の12月までほぼ毎日それにかかりっきりでしたが、その大部分は3章目の部分に費やしていたと思います。

問題自体は企業から来たニッチな問題でしたが、最後にとりあえず理論的にはきれいに解けた気がしたので、自己満足しています。

学校によっては博士論文が完成した後も、ディフェンスと呼ばれる口頭試問があって、そこで厳しく審査されたりするようですが、私の在籍していたUC Berkeleyの機械工学では、どちらかというとセレモニー的にプレゼンテーションをして終わりだったので、そこは特に問題なしでした。

こちらが私の博士論文です。

最後の3章目もいつか発表する機会があればいいですね。

 

ポートランドへの引っ越し

当時のメールを見ると、博士論文の提出が12月16日で、一週間後の23日に引っ越しをしています。

16日ぎりぎりまで論文は書いていて、それを出すや否や部屋の片づけと引っ越し準備を始めました。

あまり感傷に浸ったり、別れを惜しんだりする余裕もなく、せわしなく次の場所へ引っ越していった感じです。

大学院時代は最初から最後までただ目の前のことをひたすらこなしていくばかりで、俯瞰的に深く考える時間はなかったです。

就職後も同じことを考えましたが、自分がアメリカ人だったら、休学したり就職してみたりと気分転換もできますが、外国人という弱い立場だとビザの問題もあり、学校で言われるがままになってしまいがちなので難しい日々でした。

 

留学時代を振り返って

留学は最悪のスタートを切ったという記事から、ずっと留学時代を振り返ってきましたが、履修した授業やちょっと研究のことを書いただけでもかなりの量になってしまいました。

生活面についてはまた改めて振り返るかもしれませんが、そもそも語るべきプライベートも大してないかもしれません。

自分はあまり過去を振り返らないほうなのと、既に8年から14年前の話なので正直なところ記憶があいまいです。

昨年末からサラリーマンを離れて時間を作りやすくなったので、またブログを書きはじめました。

1年くらい間が空いていましたが、今でもとてもたくさんの方に見ていただいているようです。

何かお役に立てる情報があれば幸いですし、単純にエンターテイメントとして楽しんでいただけたらそれはそれでありがたいです。

個人的にはずっと忘れていた当時のmixiの日記をたまたま見つけることができてよかったです。

根本的な部分で自分が変わっていないことを発見したのが意外でした。

今回書いたことも、これもまた自分自身の興味として5年後、10年後に読んでみるのを楽しみにしています。

今振り返って、私の大学院生時代は、まだスマホが本格的に普及する以前の時代のせいか、20代という年齢のせいなのか知りませんが、目の前のことに夢中になっているだけでよかった幸せな日々でした。

小学校・中学校・高校・大学と、どんどん難しいことを勉強していくわけですが、その一番先には何があるのかなと子供のころは気になっていました。

大学院に来る前までは、その『一番先の部分』には、がんばっていればいつかたどり着くことができると思っていましたが、実際はそれは止まっている点ではなく自分が勉強するスピードよりも速いスピードで遠くに動いていく点であり、一生たどり着くができないということがわかった5年半でした。

ハードスキル的には学校よりも難しい問題に学校の外では出会わない

理系アメリカ大学院留学11学期目(2011年秋)

11学期目に履修した科目は以下の1科目。(成績表はこちら

  • ME301: Teaching Mechanical Engineering

ついにこの学期が最後です。

やっていたことは博士論文を書くことと、コンピュータグラフィックスの授業のTAです。

この年の3月に就職が突然決まり、仕事開始日が2011年12月26日の月曜日に決まったので、とにかくそれに間に合うように卒業することがゴールでした。

アメリカの大学院では卒業前に就職してしまう人は珍しくありませんが、自分の場合は就労許可が必要で、その就労許可を得るために就労前に卒業することが必須だったわけです(今更知ったのですが、こちらによると厳密には最低でも1年間在学していればOPTを取得できるようですが、この場合は学期中は1週間に20時間までと就労時間が制限されていてフルタイムで働けないようです。フルタイムで働くにはなんだかんだ卒業が必要そうです)。

ちなみに先ほどのサイトによると、卒業見込み90日前からOPTの申請はできるようです。

自分のようにギリギリで卒業して就職開始ということになってしまった方は、早めの申請をお勧めします。

今振り返ればアメリカは日本と異なり、新卒一括採用、一斉に仕事開始といった文化がないので、学校の勉強しかしてこなかったので社会を知らないまま20代を終えたという記事に書いたように、卒業が間に合いそうもなかったら、会社に仕事開始日を遅らせるように伝えるのが無難だと思います。

よっぽどのことがない限り採用取り消しになることはないと思います。

自分の場合は3月に採用決定、12月に就業というように9か月もギャップがあるケースで、これはアメリカの感覚では珍しく、例外的に長期間待ってもらっていたのでこれ以上引き延ばすのは申し訳ないという気持ちも大きくありました。

繰り返しますが、やっぱり本当に気にしすぎたなと思います。

アメリカで就職したいならば理系大学院で1年で修士を取得してOPTという記事でも書きましたが、とりあえず最終ゴールがPh.Dだろうが、既に日本で修士号を取っていようが、そういうことにかかわらず、アメリカの大学院に入学したら修士号をできるだけ早く取得してしまうのがおすすめです。

OPTが得られることでアメリカで就職というオプションが手に入るかどうかは本当に大きいです。

履修科目と感想

ME301: Teaching Mechanical Engineering

TAをやるかこの授業を履修することが卒業に必須の要件です。

自分はTAをやったのですが、今思えばTAをやること自体は必須ではなかったので、単純に一度経験してみたかったのだと思います。(当時のホームページがまだ残っていました。)

やってみて思ったのが、自分は人前でしゃべること自体はとても好きだということに気づきました。

大学院時代を振り返ると、結局自分をせわしなくしていたのは、給料や学費の出所が指導教官の研究費である以上、その期待にこたえ続けなくてはいけないと考えていたことだと思います。

しかしTAをやることで学費や給料を確保するという方法もあるので(数学・物理などの理学や文系の大学院生はこのケースが多い)、早めにTAをやっておけばよかったなと思います。

しかしアメリカに来たばかりのころは英語に自信がなかったのもありましたが、もう一つ外国人がTAをやるにはTSEという英語のスピーキングの試験で基準点以上を取らなくてはいけないという条件があり、それに合格できなかったことを思い出しました。

基準点に達しなくても、用意された英語の授業を同時に履修すればTAをやってもいいことになっていましたが、なんだかんだこれまで振り返ってきたように忙しすぎて授業や研究以外のことを考える心の余裕がありませんでした。

結局その試験には受からないままTAをやっていたので、今思えばそのルールもわりと『とりあえずあるだけ』だったのかもしれません。

私がBerkeleyに出願した一番の理由は、この授業を教えていたJames O’Brienだったのですが、最後の最後で仲良くなれてよかったです。

何も知らないからがむしゃらにやるしかなかった

今は景気がとてもよく仕事が探しやすいというのもありますが、それがなくても今では自分はどこに行ってもそこそこやれるだろうと思えます。

その自信に具体的な根拠があるわけではないですが、例えばスタートアップのコンサルをしたり、社員として企業の面接に行っても、自分だけでなく相手の状況もよくわかるので、あまり緊張もしないですし、いろんな点で自分の素の状態で仕事ができるようになりました。

そういうものは仕事をしていく中でわかっていく、いわゆるソフトスキルが上がったからだと思います。

コンピュータサイエンスや数学等の授業で習った知識や、博士論文を通じて得た論文をサーベイする方法など、ハードスキルに関しては大学や大学院の時のものが今でもベースになっています。

博士課程を卒業して8年が経ちましたが、ハードスキル的な面では、正直学校でやっていたことよりも難しいことに会社の仕事では出会うことはなかなかなく、その点では安心して学校の勉強だけしていても十分に力は磨かれると思います。

今後は就職後の話を書いていこうと思いますが、このブログの本来の主題であるソフトスキルがメインの話になっていくと思います。

学校の勉強しかしてこなかったので社会を知らないまま20代を終えた

理系アメリカ大学院留学5回目の夏休み(2011年夏)

最後の夏休みでしたが、急遽就職が決まり年末までの卒業が必須となったので、ひたすら論文を書く毎日でした。

この年の春からネットで婚活を始めていて、この夏休みに日本で実際に会うのを楽しみにしていたのですが、結局日本に戻ることはなかった夏休みでした。

今思えばこの時に日本に戻っておけばよかったと思います。 続きを読む

知能検査

受けたことないです。

受けることで何か特典があったら(保険料が安くなる等)教えていただきたいです。